3.　正しい観光客
		薄　え〜、正しい観光客は、神社仏閣を巡らなくてはいけません。 編　といわれてもねえ、これどこ？ 薄　どこ、とはなさけない。北野天満宮じゃありませんか。絵馬堂というのでしょうか、参拝客の休憩所にもなっています。 　朝早く来ると、お年寄りが集まって、よもやま話をしていたりするんです。 編　ふ〜ん、こういう古い絵馬はおもしろそうだな。 薄　これはほんの一部ですよ。 編　だけど、この写真は、まだあまり観光客らしくないなあ。
		編　おっ、やっと観光客らしい写真になってきたかな。 薄　そうでしょう。これでもダメといわれたら、どうしようかと思いましたよ(笑)。 編　どこの神社だい？ 薄　平野神社です。ここは桜の名所なんですが、あいにく9月ですからね、どこをどう撮ったらいいか苦労しました。 編　ふ〜ん、まあ観光客らしい写真ではあるが、その分ありきたりでつまらんともいえる。 薄　やっぱりそう思うでしょう。でもそこが正しい観光客の宿命というべきなんです。 　八つ橋だって、そううまいお菓子じゃないですからね。
薄　観光客は必ずや悩むはずだと思うのです。絵はがきをバカにしたって、ああはキレイに撮れやしない。芸術をめざしたって、そんなセンスの持ち合わせはない(笑)。なにをどう狙ったって、もうだれかがすでに撮っていやしないかとビクビクするから、なかなか心の平安は得られないわけです。
		薄　迷いながらシャッターを切るものですから、どうしてもハンパなものになってしまいがちです。 編　これなんか、苦しまぎれに、レンズに頼った感じだね。 薄　レンズじゃありませんよ、神社ですからね、神頼み。 編　いっそ写真なんか撮らずにブラブラ歩けば、という気もするが…… 薄　そこが正しい観光客のつらいところなんです(笑)。おまけに、人生の残りもだんだん少なくなってきていますから、不安にかられて、次々とシャッターを切るわけです。 編　で、その正しい観光客は、いったいどこを撮ったんだい？ 薄　おっと失礼しました。ここは下鴨神社です。
		編　はあ、鳥居かね。これも観光客の撮りそうな題材だな。 薄　はい、これは賀茂波爾神社。ちいさいお社ですから、伏見のようなわけにはいかないのですが、光の加減がいいな、と思いまして。 編　ふん、素直さだけは認めてやろう。 薄　まったく観光客も楽じゃありませんね。気の休まるヒマがない(笑)。 編　あたりまえだよ。こちとら働いている最中に、フラフラ写真を撮り歩いているんだ。マジメに遊ばなくちゃいけない。 薄　やれやれ、日本人の悲しい性でしょうか。
薄　え〜、お次は正しい観光客の写真として、スレスレではないかと思うのを選んでみました。
		編　どこかの塀だろうと見当はつくが、なんだかよくわからんなあ。 薄　そうでしょう。ぼくにもよくわからないんです。瓦を埋め込んだものでしょうか。 編　ふ〜ん、まあ、「こういうものがありました」と報告する意味では、観光客の道をはずれていないような気もするな。 薄　そうですか。ホッとしました。これは嵯峨の松厳寺の塀を撮ったものです。 　このあと気をつけてみると、あちこちに似たようなものがありました。テーマとしていけるかもしれませんね。
		編　う〜む、これまたわからない写真だなあ。いったい観光写真といえるのかね？ 薄　え〜と、これはあとに出てくる一乗寺は金福寺の門から通りをみたところです。 編　門前の景色を撮ったという意味では観光写真だと、こういうわけか。 薄　やはり観光客としてこの場にいたからこそ撮った一枚だと思うのです。 　ぼくが古くからのここの住民だったら、わざわざレンズを向けたかどうか。 編　だけどさ、正しい観光客としては、もっと考えて撮ったほうがいい。バスガイドだって、自分の趣味を基本に案内してるわけじゃないからな。 　これなんか、人様にみせるべきものかどうか、微妙なところがあるな。 薄　わかりました。じゃあ決定版、日本人ならだれも文句をいえないワビサビ路線で、ぼくが正しい観光客であることを証明しようじゃありませんか。

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